4_編集私論⑶ 地域の価値を伝える 
「あわい」の土地で

ええと、
しばらくぶりの投稿になってしまいましたが…(若干、遠い目)
今日は、ウェブ上で新しくリリースされた、企画・取材・執筆を担当した記事についてのご案内。

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…と、ご案内を通して、編集私論の⑶についても語ります。

これまで
⑴「私/個」から「公/共」あるいは「普遍」へと繋ぐための
  「構成」について
⑵ 地方自治体の仕事:デザインを入れる前に考えるべきことについて
…と綴ってきましたが(まだたった2回だったんか!)

今回は
⑶ 反復横跳び…について(謎)です。

*******
今回、ご案内するのは
茨城県大洗町の宿「里海邸」ウェブサイトの読み物「宿物語」です。
リンク|こちらをクリック

この連載第1回が形になるまで(企画を固めるまで)について、
お話しようと思いますが、え?どこが「反復横とび」かって?
それは最後に(ちゃんとそこに帰着できれば)ね。

宿のオーナー石井さんと初めてお会いしたのは、土祭2015の会期中。
「益子の風土・風景を読み解く」展示会場でした。
土祭やミチカケにも関心を寄せていただいていたということで
その後、笠間のデザイン会社TRUNKさんを通して
里海邸ウェブサイトで
「宿がある大洗の価値を伝えていく連載」の依頼をいただきました。

いま流行りの言葉で言うと
「観光プロモーション」
「地域の資源で、ストーリーを作っちゃおう」的な?

いえいえ、曖昧なまま乱発される横文字言葉には私は乗りませんし
うわっつらだけの「ネタパズル」のような「ストーリー」は
地域になんの福利ももたらさないことを、
これまでに痛切に感じてきています。

なんといっても、オーナーの石井さんの考えや意図は
もっと広く深いところにありました。
デザイン事務所の笹目さんも交えて、
何度かじっくりとお話をかさねながら
丁寧に、その「価値を伝える企画」を詰めていきます。

①地域に向き合い、地域を知る
もちろん、「大洗町史」も読みます。
石井さんの考えの根底にある、レイチェル・カーソンも読み直します。
もちろん現地を歩きます。波の朝も夜も体感します。
打ち合わせとしてではなく、石井さんに聞き取りもします。
基礎取材としてキーパーソンに聞き取りをします
(大洗町生涯学習課文化振興係の方にいろいろと教えていただきました)

②企画を具体化していく
そうして初めて、「企画内容」を詰めていきます。
私がこのような仕事を受けた場合、打ち合わせ内容を踏まえつつ
「企画書」をしっかりと作ります。
パワポで箇条書きで作るようなものではなく、しっかりと文章を書きます。
企画書の項目立ても、その企画に応じたものにします。
企画書は最初に提出したものをベースに意見交換を行い、
修正を加えていきます。
この場合、依頼主のオッケーが出るか出ないか、
出たら、そこで思考停止、ではありません。
悩み続け考え続けるので、なかなか固まらないこともあり、
今回の場合は、数ヶ月かけて(ほんとお待たせしました)
企画書は、5訂版が最終形です。

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ご参考までに、企画書5訂版の構成(項目立て)を以下に記しますね。
 ————————————————————————— 
  1 連載の趣旨(概要)
  2 価値付けのコンセプト
    ⅰ 前提
      ⅱ 基本的な価値
           ⅲ 大洗の特別な価値
  3 ねらいと期待される効果
        4 連載内容(案)
      ⅰ    連載を通してのキーコンセプト
     ⅱ 記事に付加するコラム的な要素 
   ⅲ 全4回の企画概要(仮タイトルとテーマ、取材人選案)
 ————————————————————————— 
 
     私の場合、どんな仕事においても
 1から3までのあたりが、長いです。
 考えを整理していくにも、時間がかかります。
 そうして「本当に地域のためになる(はず)」と思えて来ないと
 自分の中に納得できる「道筋」が見えてこないと
 具体的なアイディアは生み出せません(ある意味、不器用)
 
 さて、なつかしい、学生時代の体力テスト、反復横跳びの話です。

 上の文章の中で、企画書つくりのプロセスで
  ①地域に向き合い、地域を知る
  ②企画を具体化していく

 …と、見出しをつけました。
 
 これはつまり、このような側面もあります(←私の場合)
  ①地域に向き合い、地域を知る(具象を集める)
  ②企画を具体化していく(抽象化へ:概念化する)

 いつのころからか、企画を考えたり、文章を作成するプロセスでの
 私の中の動きについて、こういうことに気がついたんです。
 
     *
 ああ、私は、①具象 と ②概念 の間を
 かなりの頻度で行ったり来たりしながら、自分の考えや文章を練っているんだなあ、
 これは、エンドレスな「反復横とび」やよ〜(なぜか飛騨弁)
     *

    今回ご紹介した記事の中では、
 タイトルや文章などに、いくつかキーコンセプトとも言える
 大洗の価値付けの言葉がでてくるとおもいます。

 その土地で生きる人にあって、じっくりと話を聞く。
 他者の、日々の暮らしの中の、さまざまなエピソードが
 私の中に、その人の言葉で(具象)として入ってきます。
 また、別の人の話を聞きます。
 ある土地を訪れて、多くのものを見ます。
 見たものは情報として私の中に入ってきます。
 感じ、考え続けることで、それは(具象)のいくつかは繋がり、
 「それは、こういうことね」という解釈が生まれ、
 大げさに言うと 
 具象が集まって、概念としての言葉に整理されます。
 例えば、ここで「あわいの領域での生」という言葉が
 私の中に生まれたとします。
 そこで止まり、ではありません。
 この概念化された言葉という、照明(のようなもの)を用いて、
 また、その土地で暮らす人々の具体的なエピソードを照らします。
 すると、概念化された言葉が強固なものになったり、
 また少し違ったものが生まれてきたり。

 こういうプロセスは、企画を固めていくときだけではなく
 長い取材記事を書いていくときも、同じです。

    右に、左に、飛びながら、前に進めていれば、いいのだけれど。
 
 …というわけで、
 この企画記事の完成まで1年以上かかってしまったことの
 長い言い訳を終わります!

生きる上で大切なことは、
すべて私たちの憲法に書いてある

5月3日は、憲法記念日。
今日は、みなさんは、どんな1日を過ごされたのでしょう。
来年の今日は、どうでしょう。
10年後の今日は、どうでしょう。
50年後の子どもたちは、どうでしょう。

日々、加速度的に「課題」が増え続ける世の中
(と、私は認識しています)ですが
やはり、加速度的に、草の根的に、大切な人たちとの繋がりが、
この季節の木々の緑の、たしかな生命力で伸びていく葉脈のように
伸び、繋がり、重なりあっていくのを、感じています。
ありがたいことです。
だからこそ、自分自身と私に繋がる大切な人たちの尊厳のために
個々人の、ひとりひとりが人間らしく生きられる社会を守り、
目指し、未来に残すために
大人の責任として動き続ける意志を、自分の中で固めています。

憲法施行70周年の今日、日本の首相は
「憲法を改正し2020年の施行を目指す」と発言しています。

福島も熊本も沖縄も問題山積みのまま、地域を切り捨てながら、
第二次大戦前夜へ逆戻りしながら、
オリンピックイヤーを国威発揚の場として
照準をあわせてきた、ということでしょうか。

いままで自民党の憲法改正草案に無関心だった人も、
そろそろ「冬眠」から目覚められてはいかがでしょうか?
政権与党がすることには基本的に反対しないというスタンスの人も、
そろそろ「学習」されてはいかがでしょうか?

自民党草案のように憲法が改正される、ということは、
私たちが生きていくよりどころとなるこの国の「姿」が、
大きく大きく変えられてしまう、ということ。

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ぜひ、読んでいただきたい記録があります。
宇都宮市の2tree open houseを拠点としたお母さんたちの集まり
「みらいを想う母の会」が主催した「憲法勉強会」の記録です。
会の代表の倉本芙美さんから
「憲法の勉強会をひらきたいのだけれど」と相談を受けたのが、
1年前の4月。
ちょうど宇都宮大学で働き始めた私は、国際学部の清水奈名子先生に
「おかあさんたちの勉強会の講師を受けていただけないか」と
相談に行き、お繋ぎすることができたのでした。

会に参加できなかった方や、託児当番に入って、
話が聞けなかった方たちのために
記録をとって書き起こしを行いました。
仕事の合間の作業はなかなか進まず、後半を、
プロの書き起こしライターである友人(スズキジュンコさん)の
協力もいただきました。
その後、清水先生にも吟味校正をしていただき、ご了解を得て
公開できることに。

国際関係論(安全保障)がご専門の学者の視点からみた憲法改正問題
参加者の生活者の視点から語られる自民党草案への不安、
そもそも、憲法とは?
「個人」という表記から「個」が消える改正草案と
相模原の障害者施設で起きた凄惨な事件のこと、
ナチスドイツが歴史に刻んだ事実と、自民党が新設を急ぐ
緊急事態条項のこと。

ヒューマニズム溢れる清水先生の語り口で、
とてもわかりやすい内容となっています。
ダウンロードしてお読みいただければ幸いです。

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憲法と私たちのくらし
ー平和は、どこから始めるか。
PDF|憲法勉強会記録|みらいを想う母の会

みらいを想う母の会 清水先生の勉強会第2回
2016年9月4日
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今後、この記録は、プリント代実費の値段で
・宇都宮市の2tree open house(倉本芙美さん)
・益子町のつづり商店(松永レミさん)…でもお分けしていく予定です。

最後に、とても貴重な「教科書」を復刻させた本から
とても好きな「まえがき」の文章を転載します。

………

『復刊 あたらしい憲法のはなし』童話屋 2001年
 
まえがき ーーー童話屋編集子

 五十年前、地球は青かった。だが子供達、いまぼくたちが住んでいる地球は、ガガーリンがみた青よりも、心なし、くすんで見えないか。
 ここ百年、資源の浪費と戦争の惨禍で地球はへとへとだ。もうこの辺で止めないと、千年はおろか百年だって地球はもちそうもない。
 ぼくたちにできることは、三つある。一つは、浪費の抑制。地球は宇宙に浮かぶ小さな星だ。太陽光のほかにはよそから何も共有されない。みんなで分け合って少しずつ使うしかない。二つ目は、大自然と共生すること。人間が生きるためには、ほかのいのち、植物や動物たちと手をとりあって暮らすことが大切だ。地球上のいのちは、巨大な生態系を形成していて、億という年月をかけて悠久の循環をくり返し、一瞬もその営みを止めることはない。三つ目は、世界中の国の七十億の人間が、民族や宗教やイデオロギーの対立を超えて、平和に共存する道を探ることだ。人間は過去の世紀で愚かな戦争に明け暮れた。戦争は多くのいのちを奪い、幸せに生きる人たちの人生を破壊した。そして微妙なバランスに立つ地球の生態系循環を乱してしまった。
 
 この「あたらしい憲法のはなし」は、「日本国憲法」が公布された翌年に、文部省が作った中学一年用の社会科の教科書を復刊したものだ。「日本国憲法」には、人が正しく生きる道が書かれている。人は誰も差別されずに平等であり、自由であり、幸せに一生を送る権利があると説いている。民主主義と国家平和主義が、この小さな地球の上で人類が生き残ることのできる唯一の道だということを、この教科書からぜひ学んでほしい。
 未来の子どもたちにこの青い地球を遺していこうーーーそうぼくたちが決心し、勇気ある行動をとれば、地球は悠久のいのちの星として、青く輝きつづけるだろう。

……転載おわり。原文では「いのち」にすべて、傍点あり。

以上、日本国憲法70歳の誕生日に。

A2ここにあるもの。

ひとつ歳を重ねた日の半日と、その次の日を
いま、ここにあるものを丁寧に見つけ出していく、
という行為に使った。

それは、庭仕事のこと。

山の麓の一角を自然を相手に間借りするつもりで、
地主さんから土地を借り
小さな住処をこしらえさせてもらって…2年と半年が過ぎた。

この土地に巡り合ったときは、
もう更地に戻っていたのだけれど、その2年ほど前までは
ここで40年の日々を過ごした家族がいたと聞いていた。
最後の数年は、夫に先立たれたご婦人が一人で暮らし、
長野に住む娘夫婦のもとへ移り住んだと。

更地になっていた平らな土地は、
スギナやヨモギやハルジオンやフキやワラビなどなど
野草天国になっていたのだけれど
南側の高い隣地へ続く斜面には、
生い茂った篠竹や絡みついた藤のツルの合間から
季節ごとに、花の色が、かすかに見え隠れしていた。
ツツジ、アジサイ、ヤマブキ、バラ、ユキヤナギ…。
藪の奥には、朽ち果てた支柱やアーチも見えていた。。
先人は、この斜面をも庭として、植物を育てながら
日々の暮らしの中で、眺め、手入れをし、
心の拠り所としていたのだろう。

冒頭に書いた「作業」のことは
木々に絡みついたフジのツルや、密集して伸び放題の篠竹を刈り、
先人が残した、ここにあるものを、
もう一度、光や風の中に解放すること。
その生の輪郭をあらわにしていくこと。

刈り取った篠竹の向きを揃えて地面に横たえ、
その量が軽トラの荷台1杯分くらいになる頃、
樹形も花々もあらわになったツツジの花に、
黒いアゲハが、さっそく飛んで来ていたという。
作業の親方(パートナー)が教えてくれた。
「ひらひらした柔らかい羽を傷つけることもなく、
 花にとまれるようになったから…」と。

私はその姿を見てはいないのだけど、その描写の言葉に
日々、考え続けてきていることのイメージを重ねて、
花に呼応する蝶の姿を見た。

ないものを望むのではなく、
身の丈以上に背伸びすることもなく、
先人から受けついで、ここにあるものの価値を見出し
丁寧に、見ていくこと。
見るようにしていくこと。
見えるようにしていくこと。

斜面の奥にも、山の麓の林に分け入っても、
園芸種に混じって野のものも見えてくるようになった。
とりたてて何でもない土地が、豊かな土地。

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