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2018年 展覧会のための自主制作メディア(写真冊子)
2018年9月30日の投稿でご報告した(→ 記事はここで )、スターネット東京店最終企画「tane」展。地域編集室簑田理香事務所が、エフスタイルのシナの産地(新潟県村上市雷)へシナの木の皮はぎのお手伝いへ同行し、写真絵本にまとめて展示しました。完全な手仕事で制作したA3サイズの蛇腹折製本は、80ページ。ここでは、1/4くらいに写真を割愛して、アーカイブしておきます。
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つくるひと つなぐひと つかうひと
エフスタイルを編集する 地域編集室簑田理香事務所
シナの森、しな布の里へ
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新潟市内から、日本海の海岸線に沿うように、北へ
海が見えたのは、ほんのつかのまだった。
中継川が流れる谷筋の道を東へ。
山形との県境の山あいへ。
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シナノキ科シナノキ
シナノキ科オオバボダイジュ
聞いたことも、見たこともなかった。
私が住む北関東の町は、その分布図からすっぽりと外れていた。
今日は、その木の皮を剥ぐ。
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ようやく着いた集落は、名前を雷(いかづち)という。
その風景は、映画のセットのようだった。
新しさとか古さとか、里山の雰囲気とか、そういうことではなくて。
家の前に畑があり、家の脇に小川が流れ、呼べば答える距離に隣家があり、
そういう家々のまとまり具合、収まり具合が。
エフスタイルのふたりは、もう10年近く、年に一度、この集落に通っている。
集落の人たちが守り継いできた、シナの手仕事に惹かれ、人々の生業の立て方にそっと寄り添う形で、新しい商品を提案し、ともに考え、生み出し使う人に届けている。
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人の手と、人の手に近い簡単な道具によって、生きている木の皮が剥がされてゆく。
皮を剥ぎ、その甘皮の部分を数ヶ月かけて下処理をする。
それから、細く裂き、一本の糸に績み、糸車で撚る。
織り機で布をつくる。
糸から縄を編み、縄で形をつくる。
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間 宇一郎さん|はざまういちろう|村上市雷
今年の春先は、足を痛めてたから、山に入れなくてね。
草刈りができてないから、あそこもほら、クズがシナに絡みついてる。
クズの繁殖力は強いから大変ですよね?と問うと
いやぁ、大丈夫。シナも強いから。絡まれて引かれても、ちゃんと立ってる、と。
シナの皮剥ぎは、もともと奥様の仕事だった。
奥様が病に倒れてから宇一郎さんが引き継ぎ、10年近くになる。
次に切り倒すシナ、皮を剥ぐシナを決めると
白い軍手の手が、木の幹をぽんとたたくように、触る。
宇一郎さんの手のひらとシナの幹との間に、
なにかが交わされているようにも見える。
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シナノキも、この日を待っていたかのように
そのみずみずしい肌を次々に現わし、森に射す薄日にさらしてゆく。
シナノキの皮を剥ぐのは、湿度が高い梅雨の時期だけ。
木が水分を多く含んでいて、皮が幹から浮いた状態となり剥がしやすいのだそうだ。
エフスタイルのふたりも、シナの里に来るのは、この時期、年に一度だけ。
空では織姫と彦星が年に一度の日を過ごすように集落の生産者の人と一緒にシナの森へ行き、一緒に皮を剥ぐ。
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森では、剥いだ皮を1枚1枚くるりとまとめて、軽トラの荷台に積み、間さんの家に戻る。これから9月まで下処理の作業が続く。干す、木灰で煮る、川の水で洗って扱(こ)く、糠に漬ける、干す。森の中のシナノキは、そうして糸や縄へと姿をかえてゆく。
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宇一郎さんの家に戻り、作業の説明を聞いていると、赤ちゃんを抱いたお父さん、そして、その後ろからカメラを構えたお母さんがやってきた。
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本間雄一さん・薫さん・寛太くん|村上市大谷沢
雄一さんは、近くの大谷沢という集落で生まれ育ち、県外で働いていた。
もともと、いずれは故郷に帰りたいという意思があったそうだが、
病で余命一年の宣告を受けた父と、父を支える母のために予定を早め
都内で知り合い家庭をもった薫さんとともに、1年前に戻ってきた。
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薫さんの肩には、エフスタイルがデザインを提案した雷シナのマルシェバッグが揺れる。
本間(旧姓・中村)薫さん|ほんまかおる|村上市大谷沢
彼は、お父さんが元気な頃から、いつかは自分が生まれ育った集落に戻りたいと言っていて、都会で暮らしながら、自分の故郷のことをそういう風に語れるなんて、それはなんて素敵なことだろうと感じてました。2007年だったと思うんですけど、村上に初めて来た時に、府屋(ふや)駅にシナで作った巾着や小物が飾ってあって…。ここはこういう手仕事が残っているんだなあと思うくらいで、特に関心も持てなくて。
その2、3年後になるのかな、都内のお店でエフスタイルのマルシェバッグに出会って、もう一目惚れです。同時にエフスタイルのふたりのことも知って、こんな素敵な仕事をしているふたりに会いたい!と新潟まで訪ねていきました。 実は、その時、彼とは一度別れていた時期だったんですよね。マルシェバッグを手にしながら、なぜかはわからないけど、私はここで暮らすんだろうなあと、あんまり根拠もないんだけど、そんな予感がありました。
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彼と? はい。その後、私から連絡をとって、またお付き合いを初めて、今に至ります! こっちに戻ってくる前、彼にエフスタイルのことを話すとき、それは、彼にとっても1つの希望になるんじゃないかな、という思いがありました。Uターンしたいと思っても、仕事があるかどうか、暮らしていけるかどうかわからない、都会からみたら、ないもないような過疎の町。だけど、エフスタイルが、ここで、こうして集落の人たちと、これまでのことを大切にしながら、新しいものも生み出している。そのことは、ここで暮らし始める私たちにとっても1つの希望だし、これからここでどんな人生をつくっていくか、その手がかりにもなると感じてます。
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大滝洋子さん|おおたきようこ|村上市雷
本間さん家族を笑顔で迎え入れたのは、雄一さんとは遠縁にもあたるという、しなばた保存会代表の洋子さん。保存会は、シナの仕事に携わる集落の人たちによって、昭和47年につくられた。技術の伝承と普及、そして地域の中で循環する生業をたてつづけてゆくためにブローチなどの小物など、時代に即したものも考案してきている。洋子さんは、雷から北へ歩くと約1時間、車であれば10分、
そんな距離感にある、雷と同じ谷筋にある山形県鶴岡市の関川という集落から嫁いできた。
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父親は山で炭焼きして苦労しながら私ら子どもを育ててくれてよ。私も、中学2年のときは級長とかしてきたんだけど、3年のときは、夏の間は学校行かなかったよ。炭の俵を編んだりして妹の子守したり、生活助けないといけないんだもの。
母親は、関川でシナの機織りしてたよ。私にも横糸の撚り方とか教えてくれた。
お金はなかったけど、辛抱することと、手に覚えたことは、いまの暮らしに生きてるの。千円しかなくても、お金に困ってる友達がいたら500円を分けてあげる心はもってる。そういう心や、手に覚えたことは、みんな親からもらったもの。
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父親が勉強も教えてくれたんだよ。教師になりたいと希望もった人だっけど、
やっぱり家が貧しくてかなわなかったから。
そんで私もなんとか受かりたいと努力して高校受験したの。
受験の日は、冬の道を6キロ歩いて学校に行ったよ。なんとか高校にも受かって勉強して、卒業したら、農協で働いたり宿屋に住み込みで修行して働いてきたの。宿屋では、朝みんなが起きてくる前に、囲炉裏、きれいに掃除してよ、ご飯たきもして。だから、嫁に来たときは、ああ、ここに自分の家ができたってほっとした。宿屋にはあしかけ3年住み込みで、仮の住まいだったからね。苦労した分、私は、いま幸せをもらってると思ってるよ。
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こうして、シナをさいて、縄を編んで、やることあるんだもの。朝は5時に起きて権現様にお参りして、庭に出て、野菜や花の手入れをして。天気が悪ければ、歌謡曲を聴くし。ステレオあるんだよ。人がくれば、お茶のみするし。やることがあるって、しあわせだよ。 いまが、いちばん、幸せ。写真は、ターシャみたいに撮ってよ。知らないの?ターシャ!
雷のターシャ・テューダーこと大滝洋子さんが手に持つのは、エフスタイルと出会う前から集落の人たちが編んで作っていたトートバッグ。最近では、宇一郎さんの娘、みゆきさん(写真右)が保存会の仕事の手配や段取りも引き継いでいる。洋子さんの故郷、鶴岡市の関川。雷、そして、縄づくりで協働している山熊田。シナの手仕事を継ぐ集落は、オリオン座の三つ星のように、同じ谷に南北に並ぶ。
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エフスタイルが、雷の集落に通い始めて間もない頃に編まれた本には、雪が残る集落の道で、洋子さんがふたりと握手をしている写真が載る。
そして今日も。なんだ、もう帰るんか、泊まっていくと思ってたのに。そう言いながら、道の上で、ふたりの手を求める洋子さん。となりでは、宇一郎さんもみゆきさんも笑っている。
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「取引先以上、家族未満」つくり手たちとの関係を、エフスタイルは、そう表現する。エフスタイルの仕事は、そこに昔からあるもの、そこにいる人に「添え木」を当てているようだ。そう感じながら、雷の集落を後にした。
…後にした私は、パソコンを洋子さんの家に忘れてきたことに気づき取って返した。夫を看取ったあと一人で暮らす洋子さんの家、みんなを見送った後の洋子さんの家。「すみませーん、忘れ物を…」と玄関に立つと、自慢のステレオから五木ひろしが大音量で朗らかに流れていた。演歌がこんなに朗らかに聞こえたのは初めてのことだった。