3|コトバの国のコザルたち2
「銀河系のストーカーブルース」

2006年に某パズル雑誌に書いていた「言葉×子ども」をテーマにした連載エッセイの中から、4編をほんのすこし加筆修正して掲載します。登場する個人名は、連載当時は「仮名」にしていましたが、ここでは容赦なく愛を込めて実名です。内容については2%ほどのフイクションが含まれます。

………………

「ママが好きでも、まりなは嫌いなの!
 ママとまりなの好きは違うの!」
3歳くらいの女の子が、スーパーのお菓子場で
母親に必死に議論をふっかけている。
どうやらどのお菓子を買うかで意見が分かれている様子。
まあ、よくありがちな昼下がりのスーパーでの光景だけど
それにしても、まりなちゃんの立派な論戦ぶり。

「黒豆とピーナッツが絶妙のおいしさ」にするか
「皮ごとうまい!落花生入り」にするか、煎餅選びに悩みながら、
この母娘のやりとりを聞いていた私も心の中で思わず拍手。

元気に生まれてくればそれでいいと思えていたはずなのに
生まれたら生まれたで、
「いつ立つ?いつ歩く?」「言葉の発達は?」
「トイレトレーニングは?」と
次から次に気がかりなことが増え続けていくわけで。
特に、コザル達の言葉の発達については、
イコール「人と人としてのコミュニケーション」
イコール「愛情や感情に直結」するモンダイでもあり、
ささいなことに一喜一憂したくなる。

長女サキの場合は、
1歳半からまさに立て板に水のごとくしゃべり始め、
将来はアナウンサーか弁護士かディベート戦士か!と、
じいじばあばが盛り上がっていた。
次女メグはというと、なかなか言葉を発せず、
とってものんびりしたペースで、
ヒューマンビーイングンへと進化していった。

そして、十五歳と十一歳。
ふたりとも大も小もちゃんとトイレでするし、日本語もできる。
ただおもしろいことに、読み書きお話の能力は、
小さい頃の成長ぶりとはあまり関係が無いようで。
小五生は小五生にしては、
けっこう大人女子どうしの会話が楽しめる。
数日前突然こんなことを言い始めた。
「早くひとり暮らししたいなあ。楽しそうだよねー」
「そうだねー。でも淋しくなったら帰ってくるでしょ」と私が返すと
「さあねー、そんなこと今言われてもねえ。
 カレシとかできるかもしんないし」
「えー。そしたら私がそっち行くか! 一緒に住んでいい?」
「やめてよね、そんなストーカーみたいなこと」

ストーカー?
まさかこんな会話の流れで、
小学校高学年女子に軽犯罪者呼ばわりされるとは。

かつての神童、十五歳はと言うと、
皮ごとうまい!落花生入り煎餅を食べながら
「ヤバイ? ヤバイかな?」と、こちらを見ている。
なにがどうヤバイのか? 何を聞きたいのか、
具体的に説明してくれないと、わかりませんのです。

大雪のニュースを観ても、「うわあ、ヤバ!」
体重計に乗っても「まじやばー」
読んだ本や観てきた映画の感想を聞いても「びみょー」か
「まあまあ」しか返ってこない。
まあ、こんな会話はこの世代にはよくありがちなことなので
気にしないこととしても、
見過ごせないのは、漢字の読み書き能力。

高校受験の真っただ中なので、
いちおう受験勉強らしきものをしているが
国語のプリントなどをチラ見すると、
漢字の読み書き部分が特に撃沈!
本人は「みんなこんなもんだよー」とへらへらしている。

「タカハシなんかね、この前、図書館で『蹴りたい背中』を見て、
『けりたいハイチュウ』って読んだんだから!」と、ゲラゲーラ。

その数分後、勉強にもあきたのか、年賀状を書き始めた。
と、思いきや、携帯でなにやら打ちながら困った顔をしている。

「これ、おかしい。ちゃんと変換しないんだよ。
 漢字がびみょうにわかんないから調べてんだけど」

「何の漢字?」

「ぎんがしんねん の、ぎん。難しい漢字じゃん?」

 

 

銀河新年!

さすが、かつての神童はスケールが大きい。
宇宙的スケールで考えれば、
「き」も「ぎ」も、コザルからヒトへの成長の度合いも、
ストーカーもスニーカーも、ちっぽけなどんぐりの背比べ!的な?
どんまいベイベ、細かいことは気にしないでいこう。

2|コトバの国のコザルたち1
「コザルは騙して育てよう」

2006年に某パズル雑誌に書いていた「言葉×子ども」をテーマにした連載エッセイの中から、4編をほんのすこし加筆修正して掲載します。登場する個人名は、連載当時は「仮名」にしていましたが、ここでは容赦なく愛を込めて実名です。内容については2%ほどのフイクションが含まれます。

………………

どうしてママは犬じゃないの?
どうして空はおっこちてこないの?
どうしてウサギはウサギなの?

コトバを覚え始めたコザルたちの素朴な疑問にどうこたえるか?
これがけっこうめんどうくさかったりするわけです。

むかしむかし、長女のサキがまだ2,3歳だったころ、
お風呂の中や車や電車での移動中、昔話をしてあげていた。
金太郎、浦島太郎、桃太郎・・・。
話の筋は覚えているので、ディテールは適当に語れば、
小さい子どもの退屈しのぎには、もってこいのお話ばかり。
ある日、サキが素朴な疑問をぶつけてきた。

「ねえ。どうしてみんな名前に太郎がついてんの?」
じぇ。そうきたか!
思いもつかなかったツッコミに不意を突かれた私は、
とりあえず、大人の余裕ってやつで、こう答える。
「そんなことも知らなかったのぉ?」
答えながらも、数秒なやむ。
(えーと、なんでだっけ?)
(めんどくさーい。テキトーにあそんじゃえ~)

「ああ、まだ教えてなかったっけ? サキの本当の名前」
「あなたの本当の、つまり正式な名前はね、サキ太郎なの。
 日本人に生まれた子どもは、みんな、名前に太郎がつくの。
 男の子も女の子もね。サキ太郎とか、けん太郎とか、
 ゆい太郎とか、いつき太郎とかね。
 幼名って言うんだけどね。
 それでみんな5歳の誕生日がきたら、
 無事にすくすく育ちましたってことで太郎は卒業して、
 名前からも外すのよ。わかるかな?」

「サキたろう?」

自分の本当の名前を口にするコザルの瞳は、
一瞬キラーンと輝いたように見えた。
それから数か月後、コザルを連れて電車に乗った。
平日の昼間とはいえ、山手腺の車内は混んでいた。
電車の揺れに同調しながら、短い脚を踏ん張って立っている。
目の前に座っていたご婦人が、スキマをつめて隣に座らせてくれた。
はにかみながら、座るコザル。

「お名前はなんていうの?」
もじもじしながら私を見上げるコザル。
手招きして耳元に口を寄せてくる。
「本当の名前を言うの?」
フルネームで言うのか? という意味だと思った私は
「そうだよ」と、ご婦人との会話を促ながす。

ご婦人のほうに向きなおり、
満面の笑みを浮かべて本当の名前を告げるコザル。

「サキ太郎!」

その直後のご婦人の「に、が、わ、ら、い」としか言いようのない
曖昧な笑顔と、コザルの、ちょっと得意そうな笑顔。
自分自身がテキトーなデタラメを教えていたことなど、
すっかり忘れていた私。

でも、コザルは忘れていなかった。
ちゃんと学習していた。
自分の本当の名前にも、昔話のヒーローと同じ「太郎」がついていることに、ささやかな誇りと喜びを感じながら。

コザルをだますって、ほんとうに楽しいじゃないか。
コザルにしても、自分の本当の名前を知ったあの日以来、
頭の中で、サキ太郎が主人公のストーリーを繰り広げ、
物語の世界で豊かに遊んでいたに違いない。

コザルをだますということは、
コザルの健全な想像力を育むという立派な理念に基づいた、
愛情に満ち満ちた、意義のある行為なのだ。

1|かつてたしかに17歳だった
大人のための受験用語辞典

2013年7月。ヒジノワスペース企画展[役に立たないもの展]に、ライターとして「役に立たないもの」を作るという趣旨で執筆した手作り和綴じの小冊子より「一部」転載

大人というものをふたつの種類に分類するとしたら、
自分がかつて十七歳だったことを覚えているか
それともすっかり忘れているか、
その振り分け条件のみで、ことたりる。

…………

あい[愛](倫理)

相手や対象の「存在」によって全うされる感情。
錯覚から執着まで。
|反意語|こい[恋]→次項

 

こい [恋] (倫理)

あるとき突然、あるいは緩やかにぼんやりと始まり、
相手の「不在」によって、はっきりとした輪郭をもつ感情。

 

いまちづき[居待月] (古語)

新月から数えて9番目の月齢に当たる十六夜の月。陰暦では18日の月。満月を過ぎると月の出は遅くなり、立って待つには長すぎるので、居て(座って)待つ月という由来。|関連用語|立待月、寝待月|洋の東西を問わず月にはさまざまな異名があるが、日出る国の古人は、その月齢や空にのぼる時刻によって、立って待つ月、居て待つ月、寝て待つ月と表した。現代人の月との関わりは、残業帰りの歩道橋の上で、「あ、三日月だ」とチラリと目をやり足早に階段を駆け下り、誰かがウェブにアップした写真で「あ、今日は満月だね」と受動的に「気づく」のみの対象であることが多い。夜道を歩いても、足を運ぶ足元の確かさ不確かさや、その時の気持ちまでもが、月明かりに左右されることなど、一生に一度あるかないか。 古人にとっては、日没は月とともに過ごす時間の始まりであり、居て立って寝て、能動的に「待つ」ものであった。その関係性や時間の使い方の差から考察するに(以下略)

 

おおとのごもる [大殿籠る] (古語)

寝る。おやすみになる。|身分の高い人が御寝所に入られる時に使うが、現代でも日常会話の中で使いたい古語ナンバー1。
|類語|(雰囲気的に)おおとねづきよ。こもどおおとかげ。
|用例|さっきまで喋っていたのに、じゅんちゃんはまた大殿ごもられてるよ

 

かんぶりあき[カンブリア紀](地学)

地質時代の区分で古生代のうち一番古い時代。約5億4200万年前から約4億8830万年前。三葉虫をはじめとして、いろんな生き物がうじゃうじゃと地球(特に海)に現れた時期で、その現象は「カンブリア爆発」とも。かなり奇妙奇天烈な姿形をした生物が多かったらしく、カオスでサイケでスパイシーな時代だったと言える(適当)。
|参考|→ 地質時代|地球の誕生に始まり、記録が残り始めた有史時代までの間を地質時代と呼び、ジュラ紀、シルル紀、オルドビス紀など、いいかんじの名前が並ぶ。地球上で人類が縄張り争いや戦争を始め「食べる者・食べられる者」という構図だけだった地球上に「支配者・被支配者」というダサイ構図を持ち込み始めて、時代の名前も支配者や帝国名などから学者が付けるようになったのが有史時代。地球の年齢は46億年。その99.9999%が地質時代で、有史時代は、たかだか1%にも満たない数千年のことである。けっ。

 

キリング・フィールド[KillingField] (世界史)

ポル・ポト政権下のカンボジア内戦(1970年代)時、クメール・ルージュ(カンボジア共産党)の秘密警察により、大量虐殺が行われた収容所・刑場の俗称。地元の人々にキリング・フィールドと呼ばれている場所は各地にあり、もっとも有名なのはプノンペンの政治犯収容所。ちなみにピューリッツアー賞を受賞したアメリカ人ジャーナリストの体験を映画化し、賛否まっぷたつに分かれた「キリング・フィールド」のDVDは、TSUTAYA益子店では取り扱いがない、いまのところ。

 

クーロン [coulomb] (物理)

電荷のSI単位。1クーロン(記号C)は、1秒間に1アンペアの電流により運ばれる電荷(電気量)。|紛らわしい用語|クローン(生物) →次頁参照

 

クローン [clone] (生物)

天然界では、1つの細胞から無性生殖的に増殖した生物の一群。また、DNAや細胞、生体の「コピー」でもあり、動植物や医療の世界でも倫理と科学がせめぎあいながら、クローン技術が展開されている。比較的新しい概念なので、クローンという言葉は、1903年に考案された。もともとは「挿し木」を指す言葉らしい。その語感から、なぜか、アローン[alone]という言葉を連想してしまう。複製されるヒューマンビーイングは、孤独だ。
|推奨図書|『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ(早川書房)

 

け [気] (古語)

①目には見えないし、手にとることもできないし、触ることもできないが、その存在が感じ取れるもの。②ここち ③気配、様子 ④生まれつき持っているもの・・・と多義語であるが、そのどれもが水木しげる氏の自伝的著作には瑞々しく満ちている。長生きしてほしいひとり。

 

こうきょうのふくし [公共の福祉] (現代社会)

時として、個人的な権利の主張より優先される、大勢の一般市民の利益。
こうきょうのふくしま [公共の福島] (現代社会・造語)
大勢の一般市民の利益や人権、日常的幸福より、個人的な利益や私企業的な利権が優先されてしまった事例。

 

サクラ [桜] (生物)

枯れる前に散る花。
単子葉類&双子葉類、離弁花&合弁花など、植物の分類パターンは数あるが、「サクラ系」(枯れる前に散って舞う)&「アジサイ系」(枯れてからも集団で枝にしがみつく)の分類もアリ。私はサクラ派。

 

しぜんらっか [自然落下] (物理)

だめ人間だけに与えられる、ゆるゆると自然に落ちていく権利(適当)。物理では、重力以外の外力が存在しない環境での運動を指す。人工衛星や天体の運動もこれにあたり、自由落下とも言う。物理選択者で、このあたりから成績も自然落下していったなあ(遠い目)という人もいるかもね。 それはさておき、日本国憲法が保障する三大自由権とは? 職業選択の自由! 居住移転の自由! 落下の自由! ほらごらん。 山の端に向かって落下していく夕陽の、なんと自由で、なんと自然体なこと!

 

すうききょう [枢機卿] (世界史)

「す」で始まる受験用語を考えていて真っ先に浮かんだのがなぜか「枢機卿」で、次に「枢軸国」「スサノオノミコト」「水力発電」「水銀」「菅原道真」「スラムダンク」(保健体育)「ズルチン」「スルタン」「スンニー派」「鈴木」「数奇な運命」「スペクタクル」・・・。それで次第に意味を調べたり考えたりするのがメンドクサクなってきて。しかも「鈴木」や「数奇な運命」や「スペクタクル」にいたっては、何の教科科目に該当するのかも不明。せっかくだからこの13のキーワードを使って、ぜひ、ライトノベルでも書いてみてください。

 

せいげんていり [正弦定理] (数学)

このあたりから高校数学で脱落していき、担任で数学担当だった坂本道行先生にはずいぶんお手数をおかけした。サイン♪コサイン♪タンジェント♪ カタカナで書いたらなんかカワイイし、なんか楽しそうなのに。

 

そがのいるか [蘇我入鹿] (日本史)

飛鳥時代、大和朝廷の有力豪族の一人。大化の改新前夜に暗殺された。小六で読んだ学習漫画の影響で、なんとなく「悪い奴」という印象を持ち、中学校で「祖父が蘇我馬子」と知り、「馬に鹿! ばか一族か」と少し同情。逆から読むと写真データの話。「軽いの?画素」

 

たすうけつのろんり [多数決の論理](現代社会)

多数決が民主的かどうかは、時と場合による。メンツによる場合もある。この言葉を初めて覚える小五くらいでは、何かと言うと「多数決で決めようぜー」と大声を出す、冬でも半ズボンの小太り男子がひとりくらい、どこのクラスにもいなかった?

 

つんどら [ツンドラ] (地理)

シベリア北部や北極海沿岸の寒帯地域に広がる、地下に一年中解けない永久凍土が広がる地域。降水量も少ない。かつて「一番好きな教科は、地理!」という奇特な女子高生だった筆者は、「ツンドラ」「パンパ」「サバンナ」「プレーリー」といった気候や植生の特徴を表す用語に、いろいろなイメージを膨らませて萌えていた。(余談)
|推奨図書|『極北』マーセル・セロー 訳・村上春樹 中央公論新社 文章中に明確な記述はないが、大規模な原発事故後、居住禁止区域が世界中に広がり、極北のツンドラ地帯に追い詰められた人類の物語。

 

とうそくちょくせんうんどう [等速直線運動] (物理)

物体に外力がかからなければ、加速も減速もせず、直線上をただただひたすらまっすぐ進むだけの運動のこと。ほんとにそんな人生でいいのかなあ。外力がかからなくても、進み方くらい自分で決めようよ。自発的自由意思くらい持とうよ。寄り道わき見みち草くらいしようよ。

 

ねつりょうほぞんのほうそく [熱量保存の法則] (物理)

理系分野の定理・法則の中で、ただ唯一、心の琴線に響く法則。高温の物体Aと低温の物体Bを接触させると熱伝導が起こり、やがては熱平衡の状態になる。つまり、Aは熱量を失い、Aが失った熱量と同じ熱量をBは得て、AとBの温度は等しくなる。この時、AとB全体として熱量の増減はなく、つまり「保存」される。ふたつの物体を、キミと友人や恋人に置き換えてみて。いろいろあっても、補い合ってなんとかやっていけそうな気がしてくるから。

 

No [副詞] (英語)

いいえ。いや。~ではない。ちがう!など、とにかく否定する言葉。「二重否定」と言って、Noやneverや notなどの否定語が、1つの文の中で2つ使われると肯定の意味になることがある。越後屋のおやじが生娘に対して使いたがる「きらいきらいも好きのうち」的な?(違います)|用例|You never visit me without bringing GODIVA.ゴディバのお土産を持たずして彼が私を訪ねることはない。(必ず持ってくる:催促)
ちなみにあまりにもメジャーな、タワレコのこの一文。No music, No life.「音楽のない人生なんて!」もありますが、同様の英語の慣用句的言い回しとして、こんなの No pain, no gain.「痛みなくして、得るものなし」がめっちゃリアルだなあ。

 

べくとる [ベクトル] (数学・物理)

大きさと向きを持った量。「南西の風、風力2」のように向きと大きさで表される「風」も、ベクトルの仲間。大きさだけを持つ場合は、物理分野では、スカラというらしい。近年、ギョウカイの人たちはよく日常会話でも「ベクトル」という言葉を使いたがる。「キミとは、ベクトルが違うんだよねぇ」とか。ちょっとイケスカナイなあと感じたら「私と違って明確な方向性をもたないアナタの場合は、ベクトルじゃなくてスカラでは?」と、「スカ」にアクセントを置いて、言ってあげるとよろしくてよ。

 

未来進行形 [時制](英語)

未来のある時のことを考えた時に「その時に行われている」と予測される動作は、未来の助動詞willと進行形(be+動詞のing形)で表現される。英語と日本語は、言葉が生まれる背景の発想の違いがいろいろとあって、興味深い。「する」も「いままさにしている」も、「するよ」も「そのとき、していることになると思うよ」も、そんな微妙なニュアンスの違いに、日本語はあまり厳密ではない。ちなみに、未来進行形の用例で、思い浮かぶのは、レニー・クラヴィッツの、I will be waiting.  映画「Death Note」のスピンオフ作品、L(松山ケンイチ)が主人公となった「L Change the world」の主題歌でもあった。「もうすぐ死んじゃう」とわかっているLの最後の日々が描かれる中で「as long as I’m livin’ . I will be waiting 生きてる限りキミを待っているよ」という歌声に、涙。
ちなみに日本の学生は英語を学ぶときに「時制」の把握が以外と弱い。アルバイトの進学塾で高3生のセンター対策授業で「レニクラの歌詞で時制やろーぜー」と持ちかけましたところ、生徒に。「そんなの興味ない、エルレにして」と返されました。エルレガーデン、日本のバンドじゃん。

 

ンジャメナ [N’Djamena] (地理)

アフリカ中央部の国、チャドの首都。アフリカには「ン」で始まる地名が多く、ンジャメナに暮らす人やタンザニアのンゴロンゴロ地域のサバンナを駆けるキリンたちは、日本のしりとり愛好者たちにありがたがられていることなんて、知らないよね。知らないよね。と言って、そのままにするのもどうかと思う。そこはひとつ謝辞を述べねば。構想から制作に十余年の長き年月を費やした「受験用語辞典」の最終頁を、、いまだその空気にふれることすらできない憧れの、ディネーセンの、ビアードの、マサイの、キクユの、大地、アフリカに関する用語で締めくくれることを幸せに思います。ありがとう。母なる大地、アフリカ! ンじゃ!