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あゆみ10|2024年11月|共同開発プロジェクトを振り返る 文・鈴木稔

第3回工藝週で大渓(木藝)&益子(陶芸)の共同開発商品の展示と販売が行われました。
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2022年に、台湾の桃園市大溪と栃木県益子町の地域コミュニティ・ヒジノワで勝手姉妹郷の協定を結び、2022年11月には第1回大溪工藝週が開催され、ヒジノワが招待され参加しました。2023年5月には、ヒジノワ側で大渓やChouseのプロダクツを紹介する「FRIENDSHIP CRAFT WEEK」を企画・主催し、大溪チームが来町しました。2023年11月開催の第2回大溪工藝週間に益子チームへ参加の打診がありましたが、スケジュール調整ができず不参加となりました。

このような経緯があり、2023年12月に益子ヒジノワチームは今後の展開を確認し合うことも目的の1つとして、大溪を訪問しました。この時、大溪木藝博物館の館長、学芸員、Chouse代表に迎えられて、2024年に予定されている第3回大溪工藝週間について話し合いが行われました。第1回の益子町、第2回の加賀市山中温泉、さらに新たな地域を加えて、3つの工芸産地を招待する計画が提示されました。初回を経験している益子チームは、2度目となる第3回は、参加するのみではなく準備期間から協力関係を築きたいと感じていました。開催までには10カ月近くあるので、双方がコミュニケーションを深めるために共同で展示を企画して、その準備の過程も記録していくことを提案しました。

企画案の一つが大溪の木工芸と益子の陶磁器とをコラボレーションした商品の開発で、益子チームから陶器の把手を候補に挙げました。これは以前ヒジノワで行われた展示会がヒントになっています。益子チームの一員である高田英明氏が、自らが代表を務める星居社が企画した「トッテテン」という展示です。この展示会は扉や引き出しの把手の可能性を見出そうとする意欲的は内容で、それぞれが異なる素材を扱う作家数名に把手の制作を依頼して、実物の扉や家具に取り付けて展示しました。その時に制作された陶器の把手を大溪チームに提示したところとても好感触でした。この時点では有力な案のひとつとして引き続き検討をしていくことに留まりました。

2024年3月、第3回大溪工藝週間についてオンライン会議が行われました。この時、商品共同開発を企画の柱の一つにすることに決定しました。前回益子チームから提案した陶器の把手は、大溪チームから卓上に置ける小さな引き出し棚に使用したいと返答がありました。

またこの商品と並行して、会期中に行われる食事会に使用するスプーンを共同で作れないかと問われました。スプーンの掬う部分を益子の陶製で、柄の部分を大溪の木製で作り合体させる商品です。陶製のスプーンは作ったことがありませんでしたが、形自体は技術的には難しくないので試作した上で実行へ移すことになりました。

引き出しの大きさに合わせて把手を小さいサイズで作るには一つ課題がありました。木製の引き出しとのジョイントを強固にするために、陶器の把手本体の芯に穴をあけネジを仕込める形にします。把手が小さくなると中芯の穴と外側との厚みが薄くなり強度が低くなります。本体を太くして芯の穴をネジが入るギリギリの大きさにする必要があります。

スプーンも同様にジョイン部分は陶製の掬うほうを凹型、木製の柄の方を凸型にしますので、穴の大きさと本体の太さを考慮して作る必要がありました。さらに陶器は衝撃に弱く、欠けたりや割れやすい性質を持っているので、厚みと縁の丸みを持たせなければなりません。機能面から見ると陶製スプーンは固めの固形物を削り取ったり、分割したりする作業には向きません。全ての用途をカバーできない欠点があるので実用的なスプーンとは言えませんが、他の素材にはない趣があります。

5月にオンライン会議があり、この時の卓上の引き出し棚のモデルが大溪チームから提示されました。

引き出しは一ヶ所で、前面の形は正方形でした。引き出しの寸法から、把手の大きさを割り出すと、一辺が20㎜以上25㎜未満の立方体に収まるサイズになります。普段私が作っている物よりかなり小さく、この大きさで何が表現できるのか、手を動かしてみないと分からないので、早速試作に移りました。

スプーンの方は、幾つかのサンプル画像を大溪チームが用意してくれました。掬う部分から柄の部分につながる筒状のジョイントの形状や太さのイメージが把握できました。こちらも試作に入りました。

6月に大溪チームのChouse代表とスタッフが益子を訪問し、私の工房で直接会っての打ち合わせを行いました。私は約一カ月をかけて6種類の型と6種類の釉薬を組み合わせたサンプルを完成しました。大溪チームは、把手を付ける引き出しの木材のサンプルを持って来てくれました。

これまでは想像上でやり取りされていた物が、初めて実物として目の前に置かれたわけですが、第一印象は素材の相性が良いと感じました。スプーンの掬う部分は大溪に持ち帰って柄の部分を作ることになりました。今回顔を合わせてサンプルを持ち寄って検討したことは、商品開発の企画においてとても重要なファクターになりました。我々が大溪工芸週間に参加する意義は人々との交流を深めることです。遠く離れた場所で言語も異なる上に、コミュニケーションの方法はメールやテレビ電話によるものなので相互理解は十分とは言えませんでした。実際に会って話し合うと、お互いの感情が読み取れ,意思の疎通もスムーズに行えます。そして引き続き商品開発を進めるモチベーションがより高まりました。

7月に大溪チームの帰国後、木工の担当者とサンプルを基にジョイントの方法をメールで相談しました。ボルトとネジか金属製の軸かを採用することにして、それらが収まる把手とスプーンの穴の広さと深さを確認しました。本番で使う把手の数は10個,スプーンは100個、木工の加工にかかる時間と事前公開の時期を考慮して8月末までに焼成して大溪に送るスケジュールを立てました。締め切りまで制作期間は十分にあったので、新たな把手の原型を作り始めました。把手は指に掛かって引く力が伝わる形であれば、他に制約は無く自由な造形を楽しめます。1辺20㎜の立方体に収まる小さな彫刻を作ろうと色々なアイデアを形にしてみました。最終的に締め切りに間に合うギリギリまで28種類の型を作りました。納品に必要な数量は十分足りていたのですが、途中から次々とアイデアが浮かび、形にしたい意欲を止めることができませんでした。コラボの良い点は、自分一人では手を出さない分野に踏み出すきっかけになることと相手のために最大限の力を出そうと努力することだと思います。今回の共同開発は自分の可能性を広げ、新たな力を引き出してくれたと感じています。

8月に入って石膏型を用いて実物の制作に入りました。石膏型は原型を左右(ものによっては上下)に二分割する形になっています。各々型に粘土を詰めて二つを合わせて接着したのちに、時間をおいて型を外します。単純作業の繰り返しですが、仕上げに合わせ目を綺麗にする作業、型では表現しづらい細部に手を入れる作業は丁寧に行います。使用した粘土は100%益子産の陶土です。益子の陶土は細かな砂を多く含みます。スプーンの口当たりや、把手の小さな細工には不向きなので、篩にかけて砂を取り除ききめの細かい粘土にして使用しました。最終的に把手80個、スプーン120個の成形を終えて、2日間乾燥させた後に素焼きを行いました。制作中に大溪の木工担当者からサンプルのスプーンと木製の柄を合体させた画像が送られてきました。木の種類、太さ、長さがそれぞれ違いますが、どれもバランスが良く無理のない形にまとめられていました。

8月末、素焼きした把手とスプーンに釉薬をかける作業を行いました。釉薬は益子の伝統釉を使用しました。糠白釉、糠青磁釉、黒釉、飴釉、柿釉、並白釉の6種類です。木と接する面は釉薬が掛からないように溶かしたロウでマスキングしてから、全体を釉薬に浸します。窯に詰める時、把手やスプーンのマスキングした接着面を下にして立てて置きますが、不安定で倒れる可能性が高いので対策が必要です。爪を立てた受け皿を同じ枚数だけ作り、本体に開いている穴に爪を嵌めて1個ずつ立てて置きました。本焼に掛かる焼成時間は16時間くらいで、冷めて窯出しするまでに24時間くらい掛かります。窯の扉を開けるときは期待と不安がありますが、今回の焼き上がりは上々でした。

9月、最終的に把手72個、スプーン102個の完成品が出来上がりました。釉薬が掛かってない接地面に紙やすりをかけて滑らかにしたのちに、一個ずつ梱包して段ボール箱に詰めて大溪へ送りました。私の手を離れた後は、大溪チームに全てを託して完成を待つばかりになります。途中メールで進捗状況のやり取りがあって、スプーンの柄の木の部分に本漆が塗られた画像が送られてきました。木も漆も幾つかの異なる素材が使われていて、色と木目と艶がとても良い質感に見えました。この時点では実物を手に取っていませんが合成樹脂の塗料より天然の漆の方が断然良いと確信していました。大溪チームが高価で扱いが難しい漆を選んだことに私は感激しました。引き出しの把手は10個のみを使用して、残った62個を何に利用するか決まっていませんでした。大溪チームは木工とのコラボ商品を考えてくれました。一つは木の箱の蓋のつまみともう一つはカップに被せる木製の蓋のつまみで、試作の画像が送られてきました。最終的にはカップ用の蓋になったようです。

11月大溪工藝週間の本番を迎え、私たちも現地に入りました。ここで初めて完成した棚とスプーンの実物を手に取ることができました。木工の担当者とはメールでのやり取りだったので、初対面の方だと勘違いしていましたが、実は以前にお会いしていた方だったので驚きました。そして、木工はデザインだけ行って、制作や加工は外注に出していると思っていたのですが、実際は木藝博物館内にある工作室で担当者自らが作っていたことを知りさらに驚きました。完成品は細部も手寧に仕上げられた上質な工芸品でした。実用性には課題が残りますが、想像していたよりクオリティが高く満足できるものが出来ました。この商品開発のプロジェクトは、工藝週間の会場のコーナーで展示されました。そして会期中にマスコミの取材があったり、桃園市市長を招いてのレセプションがあったり、大きく取り上げていただきました。

今回のコラボレーションを振り返って、感想と反省を幾つか記しておきます。一つのアイデアが生まれて、実現に向けて準備を進めて、形あるものへゴールする。何もないところから協力し合って満足のいく結果を残せたことは、他では味わうことができない喜びがありました。そして、共同で一つものを作り上げる過程で信頼は深まり、より強い絆が生まれたと思います。

コミュニケーションにおいて少し心残りな点があります。メールでのやり取りは翻訳ツールがあるのでコミュニケーションは全く問題ありません。オンライン会議も簡単にできますし、通訳ができる人が同席するのでスムーズに進みます。便利なツールがあってもやはり対面で話をする時は、語学力の必要性を強く感じました。私の中国語、英語の能力不足を痛感しました。今後も中国語を習得する努力を続けようと思います。

商品開発の企画はチーム内では良い結果を残せたと思います。その反面、情報発信や展示のアピール仕方など、外部との繋がりが意識されていなかったように思われます。内輪だけでの盛り上がりで終わらずに、外へ向けてどうアクションを起こすべきかを検討しなければいけないと思いました。

今回の経験をふまえて私が大溪に何を求めているかがより明確にわかりました。それは人と人との交流です。今後の大溪工藝週間へ参加は交流を主軸に置いて、大溪と益子を繋ぐ橋渡しになるような企画を、双方が協力し合って作り上げていくことを私は望んでいます。