一杯の珈琲から

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縁というものは、
偶然の出会いによって現れるものではなく、
それまでの、それぞれの、点と点と点が繋がって
一定の方向性も持ち始めたときに
それが星座のように繋がって、
出会いとなって、形になっていくものだ。
これをご縁に今後とも・・・と人は言うけれど、
もちろん、「これから」も大事だけれど、
「これまで」の、つながる必然についても思いをめぐらせたい。
今年(まだ2ヶ月残っているけれど)最大のご縁で
出会った、ネパールのフェアトレード珈琲。

最初に飲んだとき、
口の中から喉から鼻から染みる滋味深さに、
珈琲は農産物だった!と五感で感じた。
当たり前のことなのだけれど
コーヒーは、
たとえばコンビニの棚に並ぶエナジードリンクや
眠気覚ましの合成飲料などとは、明らかに違って、
土と陽と水の恵みで実り、
人の手が摘む、農産物。

「そもそも」のところが、すっ飛ばされがちな時代に
(恣意的に、あるいは怠惰として、あるいは無神経の結果として)
「そもそも」のところを、思い起こして、大切に。
一杯の珈琲から。

***
ヒマラヤワールド フェアトレードコーヒー
「シリンゲ村物語」
販売者
フェアトレード団体(有)ネパリ・バザーロ

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これは東アジアのプライドの問題です

学ぼうと思う時、
ドキュメンタリー映画を自宅で見る時、
一時停止ボタンを繰り返し押しながら、
ノートをとりながら、映像を見る。
やたら、時間がかかる。
しかし、映像から、歴史から、識者から
学ぼうと思う時、そうしている。

*
2017年9月21日 日本時間未明、
つまり国際平和デーのその日に、
私たちの国の(一応)代表が、国連で演説をした。

「北朝鮮に必要なのは対話ではなく圧力だ」と

時間のおよそ8割を費やして、
平和国家という立ち位置を
(かろうじて、まだ私たちはそこに軸足をおいていたのに)
完全に、捨てた。

*
その記念すべき、アンピースフルデイに、
ノートの1ページから、いくつかの言葉を書き写す。

………………………………………………
『映画 日本国憲法』
ジャン・ユンカーマン監督作品
 2005年劇場公開 製作国/日本
公式サイト→こちら
………………………………………………

日本はもっとアジアの民衆を理解すべき。
15年戦争で、2000万人が死んだ。
あの小さな村々で、街で、
どんなことが行われたか、
戦争に行った人は知っている。
あの当時の中国の人たちの気持ちが痛いほどわかる。
……日高六郎(社会学者、1917生まれ)

アジア各国が、日本への不信感をかろうじて抑えてこられたのは、
憲法9条のおかげです。
……ハン・ホング(韓国:聖公会大学人権平和センター所長)

日本は、北朝鮮の脅威を理由に、再軍備を主張していますけれど、
あれだけ経済的に困窮する北朝鮮が、日本を攻撃できるとは
誰も思っていません。
日本は、東アジアの平和構築に貢献すべきです。
21世紀の東アジアは考え始めるでしょう。
なぜ自力で平和を築けないのか?
なぜアメリカに平和を委ねなければいけないのか?
これは、東アジアのプライドの問題です。
…… カン・マンギル(韓国:歴史学者)

世界市民が、自国の政府に強いる規範ー国連憲章。
日本は、そこから遠ざかろうとしている。
…… ノーム・チョムスキー(アメリカ:言語学者)

日本は、第2次大戦後、対戦中の侵略を謝罪していない。
ドイツのように謝罪すべきだ、という声もあり、批判を受けている。
私の考えでは、第9条が日本の謝辞であると。
アジア諸国に対して、日本はこう宣言したのです。
30〜40年代の日本の軍事的行為を恐れることはありません。
最終的に自衛のため以外の武力をすべて放棄します、と。
つまり、9条の放棄は、謝罪の否定です。
そうなれば、中国が東アジアで、
日本の謝罪についての問題が再燃します。
戦争犯罪の重さを理解していますか?
…… チャルマーズ・ジョンソン(アメリカ:アジア政治学者)

第9条ということを、積極的に世界の人々に
発信すべきだと思うんですよね。
まず、アジアの人々に、日本の中にも
こういう考えの人がいるんだということを伝えるべきです。
憲法改正問題は、国内の問題にしちゃだめですよ。
国際問題ですから、特にアジアの問題。
それが一番重要なことなんです。
…… 日高六郎

最後に
このドキュメンタリーの中では、
シリア・ダマスカス難民キャンプのパレスチナ人男性が
カメラに向かって、熱をこめて、
こう話していたことも、忘れないでおこう。
*
日本は、戦争で世界で一番苦しんだ国ですよね?
アメリカに原爆を落とされたのですから。
ですから軍隊を派遣して、
親のない子をつくるようなことをしてはいけません。
日本国民はそんなこと、望んでいませんよね。

ここにあるもの。

ひとつ歳を重ねた日の半日と、その次の日を
いま、ここにあるものを丁寧に見つけ出していく、
という行為に使った。

それは、庭仕事のこと。

山の麓の一角を自然を相手に間借りするつもりで、
地主さんから土地を借り
小さな住処をこしらえさせてもらって…2年と半年が過ぎた。

この土地に巡り合ったときは、
もう更地に戻っていたのだけれど、その2年ほど前までは
ここで40年の日々を過ごした家族がいたと聞いていた。
最後の数年は、夫に先立たれたご婦人が一人で暮らし、
長野に住む娘夫婦のもとへ移り住んだと。

更地になっていた平らな土地は、
スギナやヨモギやハルジオンやフキやワラビなどなど
野草天国になっていたのだけれど
南側の高い隣地へ続く斜面には、
生い茂った篠竹や絡みついた藤のツルの合間から
季節ごとに、花の色が、かすかに見え隠れしていた。
ツツジ、アジサイ、ヤマブキ、バラ、ユキヤナギ…。
藪の奥には、朽ち果てた支柱やアーチも見えていた。。
先人は、この斜面をも庭として、植物を育てながら
日々の暮らしの中で、眺め、手入れをし、
心の拠り所としていたのだろう。

冒頭に書いた「作業」のことは
木々に絡みついたフジのツルや、密集して伸び放題の篠竹を刈り、
先人が残した、ここにあるものを、
もう一度、光や風の中に解放すること。
その生の輪郭をあらわにしていくこと。

刈り取った篠竹の向きを揃えて地面に横たえ、
その量が軽トラの荷台1杯分くらいになる頃、
樹形も花々もあらわになったツツジの花に、
黒いアゲハが、さっそく飛んで来ていたという。
作業の親方(パートナー)が教えてくれた。
「ひらひらした柔らかい羽を傷つけることもなく、
 花にとまれるようになったから…」と。

私はその姿を見てはいないのだけど、その描写の言葉に
日々、考え続けてきていることのイメージを重ねて、
花に呼応する蝶の姿を見た。

ないものを望むのではなく、
身の丈以上に背伸びすることもなく、
先人から受けついで、ここにあるものの価値を見出し
丁寧に、見ていくこと。
見るようにしていくこと。
見えるようにしていくこと。

斜面の奥にも、山の麓の林に分け入っても、
園芸種に混じって野のものも見えてくるようになった。
とりたてて何でもない土地が、豊かな土地。

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